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2023.10.21

「割烹やました」で祇園祭・神幸祭の神輿渡御を愉しむ

京都で7月17日といえば大概の人は祇園祭の、山鉾巡行の日だという。

1アマチャカメラマンが群がる函谷鉾

函谷鉾の巡行

それは間違いではないのだが、祇園祭の起こりが平安初期、全国で流行った疫病の祟りを祓う神事、祇園御霊会を嚆矢とすることから、八坂神社を午後6時に出立する三基の神輿(神様)が氏子地域をめぐり四条寺町の御旅所まで渡御する神幸祭(24日が還幸祭)こそが祇園祭という神事の本義であり、最も重要な神事であるということを知る旅人は意外と少ない。

2舞殿にならぶ3基の神輿

17日の渡御を待つ三基の神輿:八坂神社舞殿

だから神幸祭の露払いとしての役割を担う山鉾巡行だけを観覧し、コンコンチキチン、コンチキチンの祇園囃で舞いあがり「いやぁ祇園祭は壮麗で迫力があった」と帰路につく観光客は、実は夕刻から催行される祇園祭の肝心かなめの神事を見ないまま、極論すれば真の祇園祭を見ずして京都を後にするといってもよいのである。

3鶏鉾の音頭とり

鶏鉾の音頭取り

と、たいそうな御託を並べたが、まずは「割烹やました」で腹ごしらえである。

例年、「やました」の店前に行列がやってくるのは午後7時頃である。それまでの時間、旨い料理に舌鼓を打ちながら、祇園祭の本義たる神事をお待ちするという算段である。

25笑顔の大将と板長の足立さん そして前田君

いうも明るい割烹やましたの板場

さて、当夜の喰いっぷりであるが、まず先付にはじまって、

4先付

先付

まずはと・・・カウンターの上の材料を物色していると、大将の「岩ガキのいいのがあるよ」のひと声で一品目は7、8年物の大ぶりのクリーミーな岩ガキを所望。

5 7、8年物の岩ガキ

7、8年物の岩ガキ、久しぶり・・・

次に夏の定番、鱧!

薄造りもできるというので、初めて注文。

6鱧の薄造り

レアものの鱧の薄造り

もちろん、やました名物の炙り鱧も堪能しました。

7田辺君が鱧を炙る

田辺君が鱧を炙る

それから3月にお邪魔したときに仰天した蛤のイタリアン仕立てをお願いした。

8蛤のイタリアン・リストランテやました

蛤のイタリアン風炒め

料理に名前がついていないので、こちらで勝手に「リストランテ・やました」と命名したが、これがなかなかな美味で、長崎組の叔母もご満悦。

そして、野菜料理には芋茎(ずいき)の煮物をお願いした。

9芋茎の煮物

芋茎の煮物

いつもながら上品な味つけで、長崎組は珍しいといって味わっていた。

そして、怒涛のオーダーから1時間半が過ぎた7時過ぎ、いよいよ当夜のおたのしみ、神輿渡御の鑑賞である。

仲居さんの「きましたよ!」の汽笛一声ならぬ「合図一声」が店内に響き渡る。

するとお客がすわと、「一斉」に箸を置き、ワイワイと表へむかう。

さて神幸祭であるが、神輿の到着の前にまず百名ほどの神宝奉持列が粛々と都大路を練り歩いてくる。

外へ出るとまだ明るい。とおくから太鼓と幟を先頭に、三駒の騎馬武者が近づいてくる。

11神幸祭の行列がやってきた

太鼓と幟が神宝奉持列を先導

12騎乗の鎧武者が3騎、威風堂々やってきた

騎馬武者もゆく

威風堂々の一隊である。

そして神宝を奉持する一隊の先頭には祇園祭の格式を示す円融天皇(在位969-984)の勅令が記された「勅板」を抱える宮本組講員の面々が立つ。

13宮本組のみが抱えられる円融天皇の勅令を記した勅板

勅板を奉持する宮本組講員

そのあとから数々の神宝を奉持した講員がわれわれの目前を通り過ぎてゆく。

14神宝奉持列

緋色の和傘も艶やかな神宝奉持列

そして白馬に跨る久世駒形稚児がやってくる。その可憐で雅な様はまさに王朝絵巻の世界である。

6白馬に跨る久世駒形稚児

白馬に跨る可愛らしい久世駒形稚児

その行列が過ぎてから神事の肝たる神輿がやってくるわけだが、それまではもう少し間がある。

そこでいったんわれわれはまた店内へと戻り、宴のつづきがはじまる。

再開の手始めは、お野菜と併せて鱧の天ぷら・・・と、鱧づくしで迫った。

15鱧と野菜の天ぷら

鱧と野菜の天ぷら

次にグジ(甘鯛)の塩焼きをいただいた。さすがにお腹が一杯になってきた。

16 グジの塩焼き

グジの塩焼き

・・・が、最後の〆に、なんとステーキを頼んでしまったわたしの餓鬼道ぶりには、細君以下皆さんさすがにあきれ顔であった・・・

17ステーキ

…牛?だったか、ステーキです

もちろん、みんなで少しずつシェアしたのだけれども・・・

柔らかくて肉の味がしっかり、「やました」の肉はいつもひと味違うと納得・・・

さて、そうこうするうちに本番の神輿がやってきた。

御旅所への神輿渡御は三基のうち木屋町通りを通るのが素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御霊をのせた中御座(なかござ)と、重さ2トンの最重量の神輿である八角屋根の西御座(素戔嗚尊の子、八柱の神々)の二基である。

まずやってきたのが中御座である。時刻は午後7時40分過ぎ。

18中御座がやってきた

中御座が「やました」の前を通過する

そして中御座が去ってから1時間40分経って、漸く、仲居さんから「来ました!」の聲。いつもはこんなに間隔はあかないのだが、今年は待つのが長かった。

19 漸くやってきた西御座

遠くに西御座の灯りが見える

いよいよわたしの祇園祭がはじまるのだと、心臓が高鳴る。

西御座は錦組(錦市場)が輿丁(よてい=担ぎ手)を勤めるため、商売上の縁の深い「割烹やました」に屈強な若衆が担ぐ神輿が門付けをする。

20割烹やましたの前で角付けをする西御座

やましたに門付けする西御座

22錦市場の男衆が担ぐ西御座
「ほいっと!ほいっと!」の掛け声とともに神輿が縦に横に大きく揺らされる。


その荒々しい担ぎを神様は殊の外、喜ばれるのだという。

21錦の西御座をもてなすために店頭で待つ大将

大将がおもてなしをする

そして「割烹やました」への口上を述べ、もてなしの酒やジュースを飲み干し、しばしの休憩ののち木屋町通りを北へのぼってゆく。


木屋町通りにいつもの静寂が戻る。

御客たちは火照った頬を夜風になぶらせ熱を覚ますかのように夜の帳のなかで物思いにふけり、三々五々、店内へと姿を消していった。

こうしてわたしの2023年の祇園祭、割烹やましたの祇園祭が終わりを告げたのである。

 

今年も大将、そしてやましたの衆、ありがとう!!

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2023.07.04

コキコキドライブ旅1700km 8日目 敦賀市から小浜市へ

前夜(2021.11.15)は敦賀駅前に建つ「敦賀マンテンホテル駅前」に投宿したが、夕食にはそこから500mのところにある老舗・「ヨーロッパ軒・敦賀駅前店」で福井名物のソースカツ丼を食べる予定であった。

ところが綿密に立てた計画であったはずが、その日は定休日ときた。

脳内はすでにソースカツ丼でいっぱい、畢竟、肉、肉、肉とホテル前の「文楽園」なる焼肉屋で今後の過酷なドライブ旅にむけてのエナジー注入となった。

敦賀駅前の焼肉文楽園
文楽園の皿一杯の焼肉

そんな文楽園、コスパ最高の掘り出し物であった。おいしい焼肉をたらふく食べて、幸せな眠りについた。

翌朝、この旅のひとつの眼目でもある越前国一之宮・式内社の気比(けひ)神宮に詣でた。

気比神宮大鳥居
気比神宮

この気比(笥飯)神宮の建つ土地であるが、第15代天皇・応神天皇との関係が深いのである。

誉田(こんだ)八幡宮鳥居から拝殿
応神天皇を祀る大阪・羽曳野市の誉田八幡宮

日本書紀に天皇の父母宮・仲哀天皇と神功皇后が「角賀(つのが)に幸(いでま)し、即ち行宮(かりみや)を興()てて居()します。是を笥飯(けひ)宮と謂う」と当地に行幸、逗留したことを記している。

また神功皇后も「武内宿祢に命(おお)せて、太子に従いて角賀(つぬが)の笥飯大神を拝(おろが)みまつらしむ」(紀・神功皇后摂政13年2月)と、息子の応神天皇に笥飯大神を崇敬参拝させたとあるなど、三韓征伐を成し遂げたばかりの緊迫した国際情勢のなかで、応神系王朝にとって半島との中継基地である当地が重要かつ無視できぬ地であったことが窺い知れる。

その故か、境内には敦賀の地名の由来となった角鹿(つぬが)神社(祭神 都怒我阿羅斯等命(つぬがあらひとのみこと))が摂社として祀られているのである。

気比神宮摂社で式内社の 角鹿神社
境内にある角鹿神社・式内社

そして日本書紀は応神紀冒頭でまことに奇妙な譚を語るのである。

気比神宮の主祭神である伊奢沙別命(いざさわけのみこと)は、実は応神天皇の本名であったと書いている。

誉田(こんだ)八幡宮 拝殿
誉田八幡宮拝殿

応神が太子の時代、臣・武内宿祢を伴い淡海や越国を歴訪したが、角鹿の気比(笥飯(けひ))大神が武内宿祢の夢に顕れ、「神の名をもって太子の名に替えようとおもう」と宣ったので、太子が「去来紗別(いざさわけ)尊」から「誉田別(ほむたわけ)尊」へ、一方の大神が「誉田別神」から「去来紗別神」へと易名(なかえ)したというのである。

因みに笥飯(けひ)とは風変わりな呼び名であるが、「笥(はこ・け)」は食物を盛る器の古語であり、笥飯を直訳すれば器に盛られた飯、「食()」の「霊(ひ)」すなわち食物神(御食津神)をあらわすのだそうだ。

気比神宮拝殿
気比神宮拝殿

そして時代が下り皇統が途絶えようとしたとき、越国を地盤とする男大迹(おおど)(継体天皇)が応神天皇五世の孫として暴虐な武烈天皇の後を襲った。

記紀の説話は男大迹王の正統性を謳うため、出身国たる越国が応神系王朝にとって深い縁を有する地域である証として必要なものであったと考えるべきなのか、いずれにしても奇妙な神性具備の譚ではある。

 

そんな謎に後ろ髪をひかれながらも、次に常神半島の突端近くに鎮座する常神社(つねがみしゃ)へと向かった。

常神半島
常神半島

常神社は気比神宮の奥宮であったという言い伝えを残す式内社である。

常神社 鳥居と苔むした参道
常神社

氣比神宮社伝に「常宮は若狭の常神を移し祀りたるにて、古より氣比宮の摂社なりと云へり」と、常神が現在の奥宮である常宮神社(敦賀半島)へ遷った古記録と併せ考えると、この古色蒼然とした常神社こそが笥飯神宮発祥の社であったといってよい。

苔生した参道 常神社
苔が印象的な常神社

さて常神社の主祭神は神功皇后とあるが、相祀されている渡津松神、神留間神、三望大神の三柱が何者かはまったくの謎となっている。

拝殿と本殿 修正
拝殿と雪囲いがされた本殿

そしてこの古社の旧地が半島の先端500mに浮かぶ御神(おんがみ)島であり、そのまた旧地が現在の地であるという行ったり来たりの魔訶不思議。

常神半島と御神(おんがみ)島辺り
常神半島突端の向こうに御神島

事程左様に笥飯大神という神様は本当に謎に満ち満ちているのである・・・

そして常神社が鎮座する常神半島をふくむ敦賀・若狭一帯が、先の易名説話や常神社に「従二位常大明神」という高い神階が授与されたこと、半島名の「常神」は言うに及ばず「御神島」、「神子(みこ)」といった「神」に由来する地名が残るなど往古、強い神威がおよぶ聖域と見做されていたのではないか、謎は解けぬままである。

常神漁港の佇まい
常神漁港

また半島の遊子(ゆうし)浦および小川・神子・常神の4つの浦にはかつては産小屋を設けそこでお産をする習わしがあったという。

常神半島西海岸から若狭湾
常神半島西岸から若狭湾

敦賀半島の手浦や色浜のサンゴヤや浜松市の旧山瀬家のコヤ、長崎県対馬鴨居瀬や御前浜に代表される海人族と同様の習俗が伝えられており、往古、海上交通の要衝として海民で栄えていたことがうかがわれるが、笥飯大神に海神の影が一切見えないのも奇妙なものと思っている。

さて、神さびた常神半島を南下し福井県最後の逗留地である小浜へ向かう途中、半島の根元近くに三方五湖と呼ばれる名勝があったので立ち寄った。

若狭湾国定公園・ミラーレイク・三方五胡
三方五胡 ミラーレイク

その道草は大正解であった。

青空に浮かぶ白雲が汽水湖の面に映る風景はまさに絶景。

雲を映す三方五胡
三方五湖の絶景!!

ミラーレイクを吹きわたる風が心地よかった。

いよいよ福井最後の宿となる四季彩の宿へと向かうが、その前に神宮寺という古刹を訪ねた。

紅葉が美しい神宮寺・本堂
神宮寺本堂・ここでお水送りの儀式がおこなわれる

「お水送り」という千二百年もの間連綿とつづく神事を催行しているのがこの神宮寺である。

奈良東大寺の二月堂で3月12日に行われる「お水取り」はあまりにも有名であるが、その10日前にここ若狭の神宮寺で行なわれている「お水送り」という神事を知る人はあまり多くはなかろう。

お水送りの神宮寺の閼伽井
境内にある閼伽井(あかい)

お水送り神事の一連の流れであるが、ひと月前に境内の閼伽井で汲んだお水を、住職が本堂にこもり、日に6回の読経で浄め、3月2日の一斉勤行で聖なる水と化した香水(こうずい)を夜半、松明行列の先導により遠敷(おにゅう)川上流の鵜の瀬に流す、その最後の神事を指して「お水送り」と称されている。

その神事の由来が面白い。

東大寺のお水取りの創始者・実忠和尚が二月堂建立の際の「十一面悔過(けか)」の法要で全国の神々を勧請するも、若狭の遠敷明神だけが遅参した。遅れた理由が遠敷川で釣りに夢中となったためというのである。

お水取り 二月堂
東大寺二月堂のお水取り
そこでお詫びとして若狭の清冽な水を二月堂のご本尊である十一面観音さまに供えてほしいというと二月堂の前庭から白黒二羽の鵜とともに突然水が噴き出した。
二月堂舞台より良弁杉左下に若狭井
二月堂 ライトの右手建屋が若狭井・右が良弁杉

爾来、十一面悔過の法要の際、その井戸から香水を汲みだしご本尊にお供えするのが仕来りとなった。

若狭の鵜の瀬から地下水系を通じ10日間かけて香水が二月堂の井戸に届くことから「若狭井」と名付けられたという。

まことに興味深い譚で、古代、大陸文化の流入地であった若狭と内陸深く位置する平城京との密接な関係を今に伝える奇祭である。

そしていつか機会があったら、お水送りの神事、松明行列に参加してみたいものと思いながら、小浜湾を眼前に見る瀟洒なホテル、四季彩の宿・花椿へと向かった。

四季彩の宿・花椿外観
四季彩の宿・花椿

女性の一人旅にうってつけのプチホテルである。お部屋からは可愛らしい小浜湾が見渡せる。

四季彩の宿・小浜湾が真ん前に広がる
小浜湾が広がる

四季彩の宿花椿前に開ける小浜湾
白砂がきれいな浜辺

また早朝には白砂の浜辺を一人散策するのも趣きのある、素敵な宿であった。

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2023.05.31

フェリー移動1,500km・車走行2,300kmの北海道のドライブ旅、完遂!!

1年半前に決行した浜名湖・下呂温泉・五箇山合掌村・金沢市・福井市・敦賀市・小浜市・京丹後市間人温泉・城崎温泉・高松市、そして徳島沖洲港からフェリーで東京有明港という総移動距離2,900km、車走行距離1,700㎞におよぶ「コキコキドライブの旅」のブログ掲載はいまだ途中で頓挫したままである。

そんななかで、この5月、北海道をマイカーで一周してみたいという長年の夢を果たした。

さんふらわあ・さっぽろ
大洗港に停泊するフェリー・さんふらわあ・さっぽろ

完全なる一周ではなかったが、大洗(茨城)からフェリーで苫小牧西港往復、道内は苫小牧から富良野・留萌・稚内・紋別・網走・知床・根室・川上郡弟子屈・帯広と北海道のほぼ3/4を廻るドライブの旅を敢行した。

プレミアム船室・ツインベッド
ホテルのツインルームみたいなプレミアム船室 デッキに椅子とテーブル

⓪デッキチェアー

総移動距離3,800km・車走行距離2,300km、11泊12日におよぶ大旅行になった。

出発 0km   到着 2300km
  出発 
0kmが到着 2300kmに

5月8日、19:45に商船三井「さんふらわあ・さっぽろ」にて大洗港を出港、翌5月9日、13:30、苫小牧西港着。

そこから道内を9泊しながら雄大な北海道の景色を愉しもうという計画である。

北海道の景色
The Hokkaido !!

もちろん前もって行程を綿密に策定、宿泊先もHPからのネット予約で手配していた。

そして5月18日の18:45に苫小牧を同じ「さんふらわあ・さっぽろ」で出航、19日、14:00に大洗帰港という日程であった。

車の運転はわたしと細君で分担、細君もほぼ1,000km近く運転したのではなかろうか。

想像していた通りの緩やかな起伏はあるがどこまでもまっすぐに伸びる道。

知床斜里町・天につづく道
天につづく道 知床斜里町

知床の斜里町の「天につづく道」はこれぞ北海道!!の胸のすくような一筋の道であった。

宗谷岬・宗谷丘陵を走る白い道
宗谷丘陵の白い道

またホタテ貝の貝殻を砕いて敷いてつくられた宗谷丘陵の「白い道」は皐月の蒼穹に映え、オホーツク海を鳥瞰しながらのゆっくりとしたドライブはお伽話の世界に入り込んだような魅力的な体験であった。

それから両側にたんぽぽが咲く若草色の草原。これぞ北海道といった景色がそこここにひろがる。

たんぽぽの咲く草原
たんぽぽの咲く草原、そこここに・・・

また茫漠とひろがる日本海、オホーツク海の景色を窓外に流しながら車を駆るのも爽快であった。

留萌から稚内へ 日本海沿いを走る
留萌から稚内へ 日本海沿いを走る・・・

特にはじめて目にするオホーツク海は印象的であった。

オホーツクラインを走る
オホーツクラインを走る 枝幸町

半島や岬巡りも留萌の黄金岬にはじまり、稚内のノシャップ岬、宗谷岬、枝幸町の能取岬、納沙布岬そして知床半島や野付半島と、ずいぶん欲張って走り回った。

能取岬灯台と花摘む女
能取岬灯台で花を愛でる細君 遠くに知床連山が見える・・・
留萌の黄金岬の日本一といわれる落陽は風はまだ冷たかったが、そのぶん美しかった・・・
留萌・黄金岬に沈む日本一の夕日
黄金岬に沈み込む日本一の落陽
また北見市にある日本で3番目に大きい湖で汽水湖に沈む夕日も素晴らしかった・・・
北見市・サロマ湖に沈む夕陽
サロマ湖に沈む夕日

知床半島は大きな船であれば安全ということで、「おーろら号」で1時間半の海からの知床半島を愉しんだ。

知床半島をおーろら号から
オーロラ号から知床半島をみる
知床半島の山並みをおーろら号から望見

また内陸の方では、富良野では倉本聰氏のドラマにちなむ「風のガーデン」を散策した。

風のガーデンの景観
富良野・風のガーデン 中井貴一さんが・・・

ロケセットの建物が長年の年月を経て、富良野の景色のなかに融けこんで美しいのひと言であった。

北の国から 五郎の石の家
富良野・”北の国から”の五郎の石の家

道内最後の宿泊地となった帯広でも新緑の饗宴が素晴らしい「真鍋ガーデン」をゆっくりと回遊した。

真鍋ガーデン 緑の競演
真鍋ガーデンの池泉庭園

真鍋ガーデン リスの協会
リスの教会 真鍋ガーデン

ここも朝ドラ「なつぞら」の舞台となったところで、ロケセットの家屋が建っていた。

朝ドラ・なつぞら 山田家の馬小屋
朝ドラ・なつぞら 山田家の馬小屋

道内で訪れたガーデンは敷地をふんだんに使い、しかも冠雪の山並みを借景とするなど本州とはそのスケールと巧まざる意匠において大きく異なっていた。

富良野・風のガーデン
風のガーデン 桜が咲いていた

留萌ではホテル裏のお鮨屋で店主ご夫妻とあとから来店された地元で大きな居酒屋を経営しているオーナーも交えてほのぼのとした会話を交えることができた。

本州などのことを「内地」と今でもふつうに呼んでいることには驚いた。

若い人も親がそう喋っているので、若い人も「内地」とよぶとのこと。

実際に帯広のジンギスカン料理の老舗でスタッフの若い娘さんが、「内地から来られたんですか?」といったのには、正直、驚いた。

ジンギスカン料理の老舗 帯広平和園本店
ジンギスカンや焼肉もおいしかった平和園

そして、細君が半世紀前に列車に乗って訪ねたという「愛国駅」や「幸福駅」(両駅共に現在、廃線となったが駅舎が復元されホームも残されている)にも足を運んだ。

幸福駅には当時の車両も残されている
幸福駅跡に電車が・・・

愛国駅舎内に展示された資料に、昭和48年に24万人だった普通乗車客数が翌49年には204万人へと激増したことがわかった。

その激増した204万人の乗客数の1人に、わが細君が貢献していたことになる。

説明板によると昭和48年3月にNHKで放映された「新日本紀行 幸福への旅~帯広~」がブームの火付け役となったとあったが、昭和の時代はテレビしかもNHKが社会におよぼす影響というのは、今では考えられぬほど大きかったのだなと思った。

その頃、わたしも陸上部のキャプテンだった友人から北海道旅行の土産といって、「愛国駅から幸福駅」の実際の切符を手渡されて、へぇ~!と世の中、物好きな人もいるもんだとその時、思ったものだ。

⓪ 愛国から幸福駅 切符
このキップ入りキーホルダーを購入した

そんな204万人の奇特な人たちのなかの一人の女性がいま生涯の伴侶として自分の傍らにいることの不思議といおうか人の縁というものに思いをいたし、人生とはまことに奇妙奇天烈なものだとしみじみと感慨にふけっているところである。

愛国駅ホームには蒸気機関車
愛国駅のホームには蒸気機関車が停まっている

ところでこの幸福駅では、当時の国鉄の乗車切符を復刻し、記念品として販売していた。

そのキーホルダー版も作成されており、高校時代の友に今度はお返ししようと買い求めてきた。

お互いの青春時代に想いを馳せさせてくれた玩具のような幸福駅探訪ではあった。

幸福駅
幸福駅駅舎の前に・・・

こんな長期にわたるドライブ旅もあとどれくらい続けられるか、正直、心配である。

体躯と運転技術がいうことをきくうちにと、長距離旅が可能なのはここ2、3年だろうかと二人で語り合いながら旅行である。

したがってこの大遠征では古希を超えた老夫婦ということで、旅の後半、阿寒摩周国立公園内にある名泉・川湯温泉で2泊し、長旅の疲れを癒すことで日程を組んだ。

川湯温泉・硫黄山
川湯温泉 硫黄山

実は旅を終えて、今回は前回と異なり思った以上に体力を消耗したと実感している。今後の長旅にはこうした休息日の設定が必須であると認識を深めた次第である。

川湯温泉・別邸忍冬の夕食
川湯温泉・別邸忍冬の夕食

と、殊勝な思いにとらわれている一方で、今のうちに思い残すことがないようにこの日本という国土のうえを走り回っておこうと、北海道の大遠征を終えた端の先からもう次の旅へと心はうずいているのだから小生もしようがない・・・

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2023.04.09

「割烹やました」で、陶磁器専門家Robert Yellin(ロバート・イエリン)氏

先ごろ「割烹やました」でたまたま隣り合わせた陶磁器専門家のロバート・イエリン(Robert Yellin)(米国ニュージャージー州サンディエゴ出身)について、ご紹介したい。

ロバート・イエリン氏 奥に中庭が見える
ロバート・イエリン氏

陶芸の世界については人並みの興味はもつが、展示会まで足を運ぶのはよほどの義理があるか、世間の話題にのぼった時にのぞいてみようかという程度の藤四郎(とうしろう)である。

そんな私が銀閣寺から500mほど、大文字山を望む琵琶湖疎水(白川疎水)沿に建つロバート・イエリン氏の住居兼ギャラリーにお邪魔した。

琵琶湖疎水沿いにあるギャラリー 奥に大文字山
門かぶりの松のある家屋がギャラリー 遠くに大文字山

ギャラリーといっても格子戸を構えた趣ある和式の普請であったので、探し当てるのに少々手間取った。そして予約をとるのがむずかしい懐石料理の名店、「草喰(そうじき)なかひがし」が疎水を挟んで対面にあったのにはびっくりした。

曼殊院・大書院と鶴島
曼殊院・大書院と小堀遠州好みの枯山水庭園の鶴島

さて、洛北の名刹、曼殊院と詩仙堂を拝観してからギャラリーにたどり着いたのは午後2時前であった。

詩仙堂・詩仙の間から緋毛氈の座敷と庭園を観る
詩仙堂・八畳の座敷と庭園

格子戸が閉まり暖簾がしまわれた玄関内も真っ暗な状態でお留守の様子。

細君が何度かインターフォンを鳴らして往訪を告げていたが反応がなく諦めかけたところ、中で人の気配が・・・

ロバートイエリンやきものギャラリー
ギャラリーの格子戸をあけてもらう

そして格子戸が開き、一昨日のイエリン氏が姿をあらわした。

細君の顔を見て「お~!」ということで、わたしも屋内へと足を踏み入れた。

石敷きのエントランスに陶磁器が陳列されている
石敷きのギャラリー

午前中に宇治の方へ著名な陶芸家の窯を訪ね、ちょうどいま戻ったところだという。

照明がつけられ、上がり框の前にひろがるギャラリーの床は黒の石敷き。

奥に陶芸作品の置かれた畳の間がつづく。

その先、ガラス戸越しに見える中庭と回り廊下の佇まい。

畳の上にも陶芸品が置かれている
畳の上にも陶芸作品が・・・

その様は静謐な空気感を醸し、たちまち心が鎮まってくる。

そんなギャラリーでイエリン氏が陳列された作品の数々を解説してくれた。

好事家にとっては垂涎の陶磁器ばかりがならぶ
たくさんの作品が・・・

そこの信楽焼は誰々作の壺で、横の備前の花器は誰それの作品で・・・とポンポンと人間国宝だという陶芸家の名前が飛び出してくる。

もちろん当方はチンプンカンプン。

棚に所狭しとならぶ名品
名品ぞろい・・・

唯一、今泉今右衛門の花入れだけは、「この淡いグレーが特徴的」と捻りだすようにコメントできたのがやっと。

むか~し、仕事で有田を通過したときにせっかくだからと言って今右衛門の工房に案内されたことがある。

その際に見せていただいた花瓶がぼかした灰色のなかに何の花だったか朧月のように描かれていたのが妙に印象に残っていた。

しかしそれが「墨はじき」という技法なのだということを、此度、今右衛門窯のHPで初めて知ったのであって、その体たらくと云ったらない。

無造作に置かれた陶磁器だが、どれも名のある作家の逸品ばかり
小さな作品でも値段は・・・

いずれにしても同氏が各地の窯元を訪ね歩き蒐集したコレクションは超一級品ぞろいなのだろう・・・、何せ人間国宝の作品がこれでもかというほどに無造作に陳列棚に飾られているのだから。

そして、今右衛門の花入れを手に取って、「これは14代本人の作品であるが、今右衛門工房で職人が造ったものとの違いを見分けるにはここを見ればわかる」と、花器の底を見せられるにおよび、同氏の陶芸に対する鑑識眼や造詣の深さが並々ならぬものであり、さらには日本文化に心酔し40年もの長きにわたりこの国に居つくその生きざまに深い感銘をおぼえた。

その一方で外国の方に日本の陶芸の魅力を教授され、日本人として己の不明を深く恥じたところである。

この徳利や盃もお値段は・・・
こんな徳利や盃でも値段は高いんだろうな・・・

「割烹やました」には海外からのクライアントをお二人お連れし、歓談されていたが、インターネットで海外へ向けて日本の陶芸の魅力を紹介しているのだそうで、その日も彼のコレクションを求めて海外からやってきた美術愛好家であったという。今回は作品を2、3点求めて帰国されたのだそうだ。

そうした海外からの美術愛好家のなかでかのスティーブ・ジョブズの案内役をApple社の依頼でかつて務めたこともあるそうで、驚いたところである。

そんな異国の人が日本文化を熱く語るロバート・イエリン氏、琵琶湖疎水の流れを傍らにおき、一度、「ロバート・イエリンやきものギャラリー」を訪ねてみてはいかがであろうか。

その日は帰京することもあり、また「割烹やました」で再会しようと言い交し別れを告げた。

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2023.03.29

割烹やました 弥生の京都、珍味をめでる


秋の京割烹「やました」、行って参りました=京都グルメ(2009.11.23)

昨年の新緑の5月以来、久方ぶりの弥生の「割烹やました」である。


春めいた暖簾がかかる割烹やました
春の装い、割烹やました

当日は長年の懸案であった二条城へ、半世紀ぶりの拝観を果たしたあと、「割烹やました」で京の弥生の味覚を堪能した。

二条城二の丸庭園
二条城の二の丸庭園

前回は医者からアルコールを控えるようにいわれていた最中だったので、せっかくの「やました」の料理を味わい尽くすといった気分でなかったのか、どうも乗りが悪かったなという記憶しか残っていない。

昨年5月の味気ないコロナ対応のカウンター
わたしの乗りが今一だったかな・・・去年

現に、ブログにも鰻の蒲焼の写真を掲載したのみで、常の食への執念が感じ取れない。

それもあってか此度は5時半で予約をとった。

いざ!やましたへ
押小路の突き当りに「割烹やました」

しかも大将の正面の席をお願いし、料理談義に花でも咲かせようと意気込んだところだ。

席に腰を落とすや否や、細君がいつものようにカウンターに盛られた食材に視線をめぐらす。

本日は大ぶりの肉厚な椎茸、そして蛤、赤貝・・・なかでもわが家のひな祭りのお吸い物に入っていた“角上魚類”の蛤とくらべて、どうしてこんなに大きな蛤がと、呆れ果てるほどの大きさである。

そして毛ガニ・・・

わたしの口のなかはすでに生唾で大洪水・・・

さて最初に赤貝のお造りで「桃の滴」を一献・・・

赤貝のお造り
赤貝のお造り

その間に細君が蛤をいろんな食べ方をしてみたいと、大将におねだり・・・

そこで出てきたのが、ひとつは蛤の炒め物。

ハマグリの炒め物
イタリアン!!蛤の炒め物

炒めた蛤、トマトの酸味とアスパラの香りが絶妙の取り合せである。「リストランテやました」、半端ない!!

もうひとつが蛤の天ぷら・・・これには肉厚の例の椎茸もついていた。

ハマグリの天ぷら
蛤の天ぷら!!

ひと口食べて・・・へぇ~とわたし・・・

天ぷら大好き人間の細君はというと・・・この肉厚なむき身でないと天ぷらにはできないなと、わが家の蛤をおそらく思い浮かべていたのだろう、頬をゆるませていた。

そしてわたしはこの日が今年最後となる“てっさ”だというので、“ふぐ刺し”をいただく。

やましたの分厚いてっさが好き
やましたのふぐ刺し
やましたの“てっさ”は薄造りにせず、あえて肉厚に切ったもので、噛み応えのあるフグの旨味が滲み出てくる代物である。

かつてこの「やました」の調理で、初めて“ふぐ刺”の旨さを知らされた。

次にお野菜というか、春の初物づくしで、初筍と新ワカメの若筍煮をいただく。

⓪初物の筍と新ワカメの若筍煮
初物づくし 若筍煮
いつものことながらいたって上品な味である。
初物づくしの若筍煮
やわらかくて旨い!!

細君はここらでもうお腹はいっぱいになったというが、ノドグロの塩焼きなんぞどうかと誘い水を向けると・・・いとも簡単に・・・陥落・・・

⓪脂がのったノドグロ塩焼き
ノドグロ・・おいしかった

脂がのった・・・言うも言われぬ美味しさ・・・

そしていよいよ細君が本日は腹仕舞いということで、明日の朝にと・・・鯖寿司を包んでもらうよう頼んでいた。

その様子を感知したわたしは・・・これで久方ぶりの「やました」を撤収というのでは、東男が廃(すた)るというもので・・・大将に腹はいっぱいになったが、酒の摘みになる変わったものをすこしとお願いした。

そして出てきたのが次なる珍味オンパレード・・・

びっくりと言おうか、世の中、ほんとうに珍味なるものがあるのだと、この夜、食の奥深さに唸らされたものである。

ナマコの子・バチコの元
なまこの卵巣・・・いやぁ・・・珍味!!

まず、バチコの材料というかこれを日干しにしてバチコにするという、「なまこの卵巣」が供された。

バチコそれ自体が珍味であるのに・・・これはまさにレアな・・・天下の珍味であった。

さらに「のれそれ」なる珍妙な名前の代物・・・

のれそれ・穴子の子
のれそれ 白魚より大きい

白魚の踊り食いではないが、それより大ぶりな透明な・・・穴子の子だというではないか。

咽喉越しはすっきり、スルリとした食感で、これまた食べ応えのある珍味であった。

次に・・・これって何だったか? う~ん・・・名前が思い出せない・・・でも、珍味!!

この珍味、何だっけ?
えっと・・・?

最後に「いぶりがっこ?」

いぶりがっこ?
食材は?

・・・食後にあっさりレモンをかけた一品。

口内はすっきり爽やか、なかなかな珍味のオーダーではあった。

そして忘れちゃいけないのが、それなる珍味にあわせる酒をと用意してくれたのが、とっておきの伏見の限定品でアルコール度も12%の発泡酒。

伏見の限定品 アルコール度12%の発泡酒
極上のシャンパン・・・日本酒です

名前を控えなかったので・・・お相伴した細君も名前を思い出せなかった・・・

まさに上質のシャンパンであり、一本、買って帰りたいと申し出たが、本数がないのだと、さすがの大将も首を縦には降らなかった。

かくして、胃袋をドンチャンさせた弥生の「やました」の夜はふけていったのである。

押小路橋まで見送ってくれた大将とあれこれ話は尽きなかったが、互いの健康を誓い合い、夏の再訪を約してお別れをした。

やはり・・・「やました」はいつも最高の気分にさせてくれる京都の名店ではある。

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2018.03.19

青の迷宮都市 ‶シャウエン”

今日ご紹介するのは近年注目を集めるモロッコのシャウエンです。町全体に青色を基調とした建物が立ち並び、その美しさは訪れる観光客を魅了してやみません。世界には同じ様な青い町として知られる所がいくつかありますが、インドのジョドプール、スペインのフスカルと並び、シャウエンはモロッコでも有数の観光地となっています。
■7192_yonetani
青の迷宮都市シャウエンの旧市街

1471年 、モロッコ北部からのポルトガルの侵略と戦うために要塞として造られた町で、リーフ山脈の麓の斜面を利用して造られています。スペインによるレコンキスタの後、多くのイスラム教徒やユダヤ教徒がここに定住するようになりました。そのため、スペインのアンダルシア地方の影響が色濃く残っています。また、建物が青く塗られたのは、ユダヤ教で青が天や神を示す神聖な色であることに由来するとの説や、夏場の暑さを視覚的に紛らわせるという説、青は虫を寄せ付けない色であるなど色々な説がありますが、本当の所は良く分かっていません。

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シャウエンの町を遠望。

町の中は迷路の様に入り組み、一人で歩いているとすぐに迷ってしまいそうになります。それでも何気なく入った細い路地が、なんとも表現できない美しさを持っていたりするのがこの町の魅力です。
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家庭やホテル、レストランなどのドアも青色。

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まさに青の迷宮都市という名前がぴたりです。

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青色で造られたモスク。

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広場の水場も青色を基調に造られています。

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お土産店やカフェなどもたくさんあり、見ているだけでも楽しくなります。

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西遊旅行の団体ツアーでお泊り頂くホテルはこの旧市街の入り口に位置する「パラドール」。ホテルから徒歩でこの青い迷宮都市を散策できる好ロケーション。この町の楽しみ方はやはり時間の許す限り、迷路の様な旧市街を練り歩き、青の世界を存分に楽しむ事に限ります。モロッコに行く際には是非、シャウエンも訪れてみて下さい。

青の迷宮都市シャウエンへ行くツアーは下記をクリック↓
青の迷宮都市シャウエンからサハラへ  モロッコ周遊の旅

モロッコへの個人旅行はこちらをクリック












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2013.12.19

ディレクターが考える「もし○○が終わらなかったら」~LINEディレクターブログ締めます~

こんにちは、広告事業部のプロデューサーの谷口マサトです。何事にも終わりはありますが、もし終わらない場合はどうなるのでしょうか。

たとえば人の命が終わらない場合、通勤地獄はさらに大変になりそうです。
001

身近なケースだと、飲み会は終わりどきを間違えるとグダグダになるし、次のように、会議で終わらない話をする人ほど迷惑なものはありません。
002

ちなみにとある会社の取締役が「結婚式のスピーチが3分を超える者は、役員をやめろと言っている」と話していました。
このように、終わりどきを間違えたケースを学ぶことで“正しく終わる”ことができるのではないでしょうか。そこで今回は様々な終わらないケースを考えてみました。

もし1年が終わらなかったら


003

1年は365日ですが、これがもし5,000日くらいだったらどうなるでしょうか。
とりあえず日めくりカレンダーは大変な厚さになりそうです。
やはり、キリのよい所で1年は終わってほしいものです。

もし男性アイドル時代が終わらなかったら


004

男性アイドルもいい年になると、渋みのあるオジサン俳優にキャラチェンジを図りますが、もしアイドル路線をそのまま続ければどうなるのでしょうか。映画「おくりびと」もあるくらいなので、墓まいりをテーマにしたオシャレな恋愛ドラマを見られるかもしれません。ちなみに写真に出てもらっているのは親戚のおじさんです。

もし結婚式が終わらなかったら


005
同じ人の結婚式に、何度も呼んで頂くことがあります。
友情を何度も確認できてうれしいのですが、
これが何度目だと、来賓者は怒りだすのでしょうか。
結婚もまた、ほどほどで終わっておいた方が良さそうです。

006

ちなみにオバチャンの衣装はリカちゃんからもらいました。

007


さて、これらのように、終わりどきを間違えると、ろくな事にならなそうです。

終わることの意味とは


008

以前、恋を終わらせる「縁切り寺」に取材に行きました。

そして住職にこう質問しました。
「キリスト教では離婚が禁止の宗派もあるのに、なぜ仏教には縁切り寺があるのですか?」
すると、「縁切りとは縁結びのことなんです。悪い縁を切るから、良い縁にめぐり合いやすくなるんですね。だから仏教の縁切り寺は、縁結び寺なんですよ」という深い答えが返ってきました。

終わるから始まる。


そしてこのLINE Corporation ディレクターブログも、今年をもって終わります。
長らくご愛読ありがとうございました。

2007年06月11日に公開した最初の記事は、私が書きました。
だから最後の記事も書いています。新しい何かに、ぜひご期待ください。

--
※編集部から
ディレクターブログを長らくご愛読いただきありがとうございました。
今回を持ちまして一旦終了とさせていただきます。しかし、今後も何かしら発信したいことがあれば何事も無かったかのように更新を行う予定ですので引き続きRSSリーダー等では登録したままにしておいていただけますとありがたいです。なんと言いますか「とりあえず一軒目はここまで、よーおっ、ポン」的な、二次会行くー?的な、一旦締めましょう的な、そういった意味合いでの「終了」という形です。

今回、一旦の「締め」となった背景には「ディレクターという仕事を広く知ってもらうためにWebページやコンテンツの作り手から情報を発信していきたい」という当初の目標がある程度達成され、当ブログ以外にも大変有益な情報やノウハウを発信されているメディアが数多く登場したことがあげられます。

良い縁にめぐり合いやすくなるよう、そういったブログやメディアをいくつか紹介させていただき当ブログの締めとさせていただきます。(URLのアルファベット順です)


・サイバーエージェント公式クリエイターズブログ 1 pixel
 http://ameblo.jp/ca-1pixel/

・Six Apart ブログ
 http://blog.sixapart.jp/

・GREE Creators' Blog
 http://cr.gree.jp/blog/

・DeNA Creator(クリエイター) Blog
 http://creator.dena.jp/

・Find Job ! Startup スタートアップのためのナレッジメディア
 http://www.find-job.net/startup/

・ガイアックスソーシャルメディアラボ
 http://gaiax-socialmedialab.jp/

・nanapi社長日記
 http://blog.livedoor.jp/kensuu/

・nanapi TechBlog
 http://nanapi.co.jp/blog/

・VOYAGE GROUP UIO戦略室ブログ
 http://uio.voyagegroup.com/

・Yahoo! JAPAN Creative Blog
 http://yj-creative.tumblr.com/



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2013.11.05

[会場提供]Web Director Meetup Vol.9のお知らせ

Web Director Meetupが今年も開催されます。イベント実施にともないLINE株式会社では会場提供させていただきます。

イベントについては公式サイトをご覧ください。
Web Director Meetup 公式サイト
※本イベントはボランティアによるWeb Director Meetup運営実行委員会によって運営されています。



日時や場所


【日時】
2013年12月12日(木)19:00開場 19:30開演 22:30終了予定

【場所】
LINE株式会社 オフィス内カフェスペース
〒150-8510 東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ 27階

Access:
東急田園都市線、東京メトロ副都心線「渋谷駅」15駅出口直結
東急東横線、JR線、東京メトロ銀座線、京王井の頭線「渋谷駅」2F連絡通路で直結

本イベントについて


応募方法、イベント内容については公式サイトからご応募いただけます。

イベント内容・応募方法について

いい機会ですので、当社自慢のカフェにぜひお越し下さい!

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2013.11.05

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